さよならみどりちゃん |星野真里
さよならみどりちゃん出演:星野真里 /西島秀俊 /松尾敏伸 /岩佐真悠子 /藤沢大悟
ハピネット・ピクチャーズ
発売日 2006-02-24
定価:
価格:¥3,462(税込)
発送可能時期:通常24時間以内に発送
オススメ度:★★★★
平凡なOLのユウコ(星野真里)はカフェの軽薄な店員ユタカ(西島秀俊)に抱かれるが、彼にはみどりという彼女がいるという。ユタカに嫌われまいと、何も言わずに彼と付き合い続けるユウコ。無理やりカラオケスナックのホステスにされたり、まだ10代のグラマラスな店員・真希(岩佐真悠子)にユタカをめぐってライバル宣言されたり、ぎくしゃくしながら曖昧な関係は続いていくが…。
南Q太の同名コミックを原作に『ロボコン』の古厩智之監督が等身大の女性の恋愛心理を巧みについた秀作。これが映画初主演の星野真里のはかない存在感が実によく、女優としてのステップアップを見事に体現しえている。また同性から見るとイライラしてくるほどに、西島の駄目男ぶりは板についていてうまい。またカラオケスナック内の描写などもほどよい猥雑感で捉えられており、それがラストのカタルシスにも繋がっている。(増當竜也)
14番目の月の選曲に脱帽 2007-07-28
なんといっても、星野真理の演技力にびっくりしました。
「ヌードを観に来たい人はそれでもいい」というようなことを言ったと報道されていますが、
それぐらいの覚悟・気合の入った、ナチュラルでリアルな演技でした。
あの演技力とヌードになれる根性を持ち合わせた女優は、今のところ星野真理しかいない。
どなたかがレビューされていましたが、最後のシーンで胸を露わにするのは、
単なる「セックス後」を示すだけでなく、
ユウコが本当の気持ちを告白するための重要な演出なので、
あそこで胸を出せる主役級の女優が実写化の肝だったと思います。
まぁ、原作に忠実にいくなら、もう少し胸が大きければ言うことなしだったと思いますが・・・。
あと、ラストシーン「14番目の月」の選曲に脱帽しました。
この選曲によって、単なるモノマネ実写化映画から、単独の映画として観られるレベルになっています。
上記については評価していますが、原作に思い入れがある分、
映画は説明不足・描写不足に感じる部分が多々あったので、星3つ。
「好き」は暴力 2007-04-19
「好きだから自分のことを好きになって」
と言う言葉は、一種暴力を感じます。
「好き」って「好きになれよ」とイコールなわけ?
と言うことで、ユウコよりユタカにシンパシーを感じた私です。女だけど。
単に「好き」だけで満足できないもの?
無理なのでしょうか。
それにしても、ユタカが(ダメ男であっても)魅力的。
ここにいて欲しいと思うところで、外さずに登場してくれるんだから。
それだけで、満足しちゃうな。
切ない場面と言えば、ユウコとユタカの場面ではなく、ユウコの家に真希が来るシーンの方が切なかった。
同じオトコを取り合いしてる女同士の、通じるような通じないような触れ合い。
たぶん、この後、二人は二度と会うことはないんだろうけど、そのときにもう、そう感じてるんだろうけど。
ユタカを忘れることはあっても、真希との数時間は忘れられない気がする。
それにしても「14番目の月」で締めた監督のセンスはうれしいもんがある。
絶唱してるユウコはいいよね。
「有楽」みたいなカラオケスナック、本当にあるのかな。
行ってみたい。
どうしようもない男ほど 2007-03-04
星野真里さんと西島秀俊さん、ふたりともなんともとらえどころのない俳優さんという印象があります。
その2人の個性を生かして、「好き故に都合のいい女になってしまうヒロイン」と「悪気はないのだけど、大人になりきれなくて相手を傷つけてしまう身勝手な男」が見事に描かれています。そして、そんなどうしようもない男を演じる西島さん、本当に魅力的なのです。
星野さんも振り回されながらもどんどん綺麗になっていく主人公とその心の動きを非常に好演していました。
最後にみせるヒロインの顔、すごく素敵です。
期待していなかったけど、面白い映画でした。
14番目の月 2007-02-25
この映画を見た人で星野真里のヌード狙いだった人は
「貧弱な体でがっかりした」「あんな体で脱ぐ必要はあったのか?」と
酷評する人が多いけれどそもそも星野真里はグラビア出身でもないし
服の上からでもいい体してるとは到底思えないのでそんな期待に胸(と下半身)
膨らませて見る方がいけない。そして脱ぐ必要はあったのか、という人に対しては
「あった」と言い返したい。この作品はユタカ(西島秀俊)とユウコ(星野真里)の
セックスしている関係を主軸にして話が進む。何度も出てくるセックスシーンで
よくあるギリギリヌード(乳首のみ隠す)に逃げることもできるが
星野真里がフルヌードになるのは最後のみ。ユタカへそれをいったら二人の関係はおしまい
になるがずっとずっと心のなかで抑えつけておいた想いをすべてぶちまけるシーン。
心も体も素っ裸で、その貧弱な体で、泣きながらユタカ(ついでに西島秀俊の尻を出して
素っ裸)に想いを告げることにこのシーンは意味があったのだと思う。
そしてラストに続く星野真里のはじけたカラオケにも意味がある。
人前で歌えないこととユタカへ想いを告げられないことが平行して進むシナリオのなかで
最後の最後で一気に抑圧から開放されたことを見る側に伝えているのだ。
星野真里の裸よりもこのはじけたカラオケのシーンのほうが好きだ。
一言で総括するとこの映画は「ろくでなし男とそれに惚れるダメ女の話」
だがこのはじけたカラオケシーンに小さな「救い」が見えた。
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この記事は2007/8/1に作成しました。
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